2015-04-20 第189回国会 参議院 決算委員会 第6号
二〇〇三年のイラク戦争では、補給物資を輸送中の米陸軍第五〇七整備中隊がイラク軍と民兵が陣取るナーシリーヤに迷い込んでしまって、中隊三十三名中十一名が戦死、六名が捕虜、十名がイラク軍に包囲されるという大きな被害を記録しているわけであります。
二〇〇三年のイラク戦争では、補給物資を輸送中の米陸軍第五〇七整備中隊がイラク軍と民兵が陣取るナーシリーヤに迷い込んでしまって、中隊三十三名中十一名が戦死、六名が捕虜、十名がイラク軍に包囲されるという大きな被害を記録しているわけであります。
先ほどの御指摘でございますけれども、委員から御指摘ございましたイラク戦争中の第五〇七整備中隊に対します攻撃事案の概要におきましては、例えば二〇〇三年三月二十三日、バグダッドに向け前進するいわゆる有志連合部隊の車列の最後部に位置していたパトリオットミサイル大隊の支援を任務としておるこの第五〇七整備中隊でございますが、運行上のミス等により車列からはぐれまして、イラク南東部のナーシリーヤにおきましてイラク
他方、議員から御指摘がありました嘉手納弾薬庫地区における第四〇〇弾薬整備中隊、これは第一八航空団第一八兵たん群に所属する中隊であり、同弾薬庫地区において弾薬の整備などを行っていると承知をしておりますが、その詳細につきましては、米軍の運用に係ることもありまして、私は承知をいたしておりません。
沖縄でも、嘉手納弾薬庫地区に核兵器の組み立てや整備の施設を保持し、第四〇〇弾薬整備中隊の機能が今も継続されているのはなぜでしょうか。このためではありませんか。佐藤・ニクソン会談での核兵器の再持ち込みの密約はないというさきの本会議での首相の答弁は、事実を隠ぺいし、国民を欺くものではありませんか、お答えいただきたい。
しかも嘉手納には第四〇〇弾薬整備中隊がある。これはアジア地域に弾薬を補給する任務を持っておる。この意味で、限定核戦争がおっ始まったら最後、一番真っ先にたたかれるのは沖繩だ、この不安に沖繩県民はいまなおおののいているというのが実情なんですね。
その場合に、アメリカ空軍とかアメリカ海軍の軍人たちはどういうことを考えているかというと、それは、それに従って、海軍規則に従って危険な核弾頭を含めた爆発物を弾薬庫、ないししばしば指摘されている、たとえば沖繩にいる四〇〇MMとか、弾薬整備中隊の整備所にそれを移し終えて宿泊施設に移行する、こういうことを日常的にやっていて、これはトランジットとしてきわめて常識的に、ルーチンワークとして処理され、反復されているという
提起したこの文書は、不破書記局長が本会議でも述べましたように、第四〇〇弾薬整備中隊の週間の整備計画でありますけれども、この中には準備、それから点検、そして承認という担当官のサインが全部入っているわけであります。
七五年の二月三日に嘉手納の航空基地の飛行場格納庫から、第四〇〇弾薬整備中隊所属の整備作業場に運び込まれたものだ。これがB61核爆弾と言われているんですね。しかも、それが二月の三日に運び込まれて、三、四、五、六の四日間修理をされて、二月の七日には再び嘉手納の弾薬庫の整備作業場から飛行場の格納庫に戻されたと。
先般来問題を提起しております、この米軍の第四〇〇弾薬整備中隊、いわゆる核の修理を行ったと。これについてはもうすでにわが党の不破議員が衆議院の本会議でも提示してあるから詳しく述べる必要はないかと思いますが、一九七五年二月の二日から二月の八日までの一週間の整備された状態のここに計画書があるわけです。
この第四〇〇弾薬整備中隊の週間整備計画書には、司令官初め三人のサインもあります。また、その後の調査によって、この部隊は、さきのわが党訪米調査団が入手した米国防総省の核文献で、公式に核兵器支援任務を持つ部隊として明記された米空軍弾薬整備部隊の一つであります。
これは、沖繩の嘉手納弾薬庫に配備されている米空軍の第四〇〇弾薬整備中隊の一九七五年二月二日から八日までの週間整備計画書であります。この一週間どのような作業をするのか、克明に記録されております。その冒頭には司令官のサインまで明確にあります。
といいますのは、アメリカの沖繩における補給部隊の体制ですが、第三海兵隊の役務支援群、これは大補給部隊でありますが、その中に第三整備大隊というのがある、その下に弾薬整備中隊がある、その下にこのOP部隊、NOP部隊があるというふうにわかるわけであります。
そして重要なことは、この一八戦術戦闘航空団の要員だけじゃなしに第四〇〇弾薬整備中隊、四〇〇MMSといいますが、嘉手納の弾薬庫を管理している弾薬整備中隊の要員も、特別な者はこの訓練に参加しているわけですね。この部隊は嘉手納から動かないわけですよ。嘉手納にずっと常駐して嘉手納の弾薬庫を管理している部隊なんです。
それからもう一つ、核兵器の取り扱い要領、これも一、一八戦術戦闘航空団は戦争になればどこかへ行くかもしれないが、これに第四〇〇弾薬整備中隊が参加しているということは、私は大変大事だと思うのです。第四〇〇弾薬整備中隊というのは、まさに嘉手納の弾薬庫を管理している部隊で、ここからは動かないわけですね。嘉手納知花の弾薬庫ですから、ここから動かない部隊がファントムと。
つまり嘉手納にある第一八戦術戦闘航空団は戦術核を使う部隊としてアメリカは考えているし、その訓練をやっているし、少なくともその防災訓練と、さっき言った弾薬整備中隊、嘉手納の爆薬庫を管理している部隊が扱っているわけですから、それが属地的にそこでやっている。そのことを、明らかに嘉手納の基地、沖繩の基地は核攻撃には使わないのだという日本側の理解とは違っていると言うのですよ。
それからもう一つ、いままで問題になりましたけれども、第四〇〇弾薬整備中隊というのが嘉手納にありますけれども、これはどういう機能を備えた弾薬整備中隊なんでしょうか。
○政府委員(丸山昂君) 余り私どもは詳しいことはわかっておりませんが、第四〇〇弾薬整備中隊、これは第三一三航空師団隷下でございまして、任務といたしましては、第五空軍の輸送空軍、それから戦略空軍、これらとともに弾薬支援を提供するという任務を持っておるというふうに理解をしております。
○立木洋君 この第四〇〇弾薬整備中隊の管理しておる弾薬貯蔵庫、これは一般弾薬もあるということはもちろんですが、これは沖繩が返還される以前はいわゆる核兵器をここで貯蔵しておったということはアメリカが明確に述べてますから間違いないと思うんですが、そうだったんですか。もちろん沖繩返還後これは全部撤退しましたというふうにアメリカ言っています。
これは昭和四十二年四月二日午前二時ごろ、米軍横田基地近くの福生市内で、米空軍横田基地野戦整備中隊所属のソーアー・K・バーントソン、当時二十一歳が、若い女性を助手席に乗せ、酒に酔って運転し、笠井義治さん、当時三十二歳を轢殺した事件であります。 被害者の遺族の妻雪さんと子供の裕子さんの損害賠償請求額は、当初九百六十四万九千百五十七円でありました。
それは第一八戦術戦闘航空団の第一出動整備中隊に二人の核安全将校、下士官が任命されていること。それから第一八戦術戦闘航空団の地上総合支援部隊である第八二四戦闘支援群の人事部に、核兵器固有の厳密な管理を行うための特殊な人事管理体制、人的信頼性、ヒューマン・リライアビリティー・プログラムの担当部門が設置されていること。
○大河原(良)政府委員 これもまた、御提示いただきました資料につきまして名簿を調べてみますと、六名は実在の兵員でございまして、本年八月現在、米空軍第四〇〇弾薬整備中隊弾薬取り扱いに所属いたしております。
同基地には本年七月すでにF4Bファントム一個中隊と兵員三百人が到着しており、これでF4B二個中隊、A4Cスカイホーク一個中隊となり、同基地にいたF8Eクルーセーダー戦闘機隊一個中隊、地上整備中隊などを合わせ約千人となり、第十三飛行大隊を編成して同基地に常駐、これまで輸送、偵察などを主としていた岩国基地の性格は戦闘攻撃基地に一変するものとみられている。
柳士長は、勤務といたしましては、武器中隊、整備中隊所属で、小火器関係の工場の事務に従事をしておる士長でございます。 先般お話がございまして、三十一年の九月十四日に発病をした、こういう御質問でございましたので、その点につきまして調査をいたしたわけでございます。
あとは整備学校に教材に使いましたり、飛行隊あるいは飛行隊の整備中隊でもって整備中のものということになっておりまして、二十九機のうちの十五機、約五五%くらいの稼働率になっております。 おもな飛行機につきまして持ち数と稼働上の関連を申し上げますと以上の通りであります。